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我々は科学で何を得たか?

公開日: : インテリジェンス

今日はもうめちゃくちゃ偏見と独断で思ってることを恣意的に書こうと思います。

今でこそ科学的な世界観は当たり前にありますが、ではその科学は何をしてくれるのか?ということは案外知らないと思います。

科学は「現象を説明し,予測し,理解し,制御するための法則および理論を数学という道具を使い、発展(創出・発明)する」ことだと思っています。

今日はこのことを考えていこうとおもいます。

 

科学が発達する前の大昔の人々

まだ科学が発達する前の人々は自然現象によって運命を左右されていたと言えるでしょう。例えば、サイクロン、鉄砲水、地すべり、雪崩、疫病、災害による被害…これらの自然現象に打ち勝つ術はなく、怯えて暮らしていたと思われます。

その自然には人類では計り知れない力があり、それを神と考えるようになりました。

自然が神と考えられたのは、たとえば、世界最古の宗教ゾロアスター教にも見られ、この宗教の神は太陽です。

また大和言葉「かみなり(雷)」の語源は、昔、雷は神が鳴らすものと信じられていて「神鳴り」と呼ばれていたそうです。このように昔の人々は、自然には神が宿ると思っていたのです。

災害や異常気象が起きたとき、それは神様の怒り考え、神様の怒りがおさまるよう人身供犠をするという歴史が日本だけでなく世界各地で見られました。

それほど昔の人にとって自然とは絶対的な存在だったのです。

それでも、ただ自然に怯え運命を翻弄されるだけでなく、何とか克服したいと思ったところから人類の文明が発展したといえるでしょう。世界四大文明の1つであるエジプトでは自然の脅威を理解し予測するために天文学が発達しました。

ご存知、古代エジプト王国の経済基盤を支えていたものは主に農作物で、その繁栄をもたらしたナイル川の恵みです。

しかしナイル川は定期的に氾濫して、時に集落まで水に沈めてしまう河川です。この川は人々にとっては恵みをもたらすとともに脅威でもありました。ただし常に恐ろしい川かというと違くて、大雨が降って突発的に起きる洪水は存在せず、いつ水かさが増えるかは毎年決まっているのに人々は気づきました。

そして古来エジプトでは、毎年、同じ季節に定期的に起きる増水にあわせて農業を行うことができました。

エジプトの一年は川の水位が上昇を始める季節に始まります。そして、次の増水までの日にち、季節の移り変わりが重要だったことから、計量、天文学、暦といったものが生まれたのです。こうして人々は厳しい自然現象を理解し予測するために、つまり克服するために科学的な芽となる学問が生まれました。

 

近代科学の誕生

近代科学が発展したのは、ガリレオ・ニュートン・デカルトという3人が大きな関与をしています。もっといますが代表的な人を恣意的にピックアップしました。

彼らが誕生する以前はキリスト教が全盛期の時代でしたが、ガリレオの時代には「なぜ物体は地球の中心に向かって落下していくのか」「空を飛んでいる鳥はなぜ取り残されないのか」を答えることはできませんでした。

上記に対する回答を中世時代の人々がもつ世界観で答えると、全ての物質には人間と同じ生命(アニマ)が宿っていて「物質にある生命の意思が、母なる大地に落ちたいと思ったからだ」というような事が本気で信じられていたのです。

この中世時代が持つ人々の世界観をアニミズムといいます。森羅万象に神が宿る世界観のことです。日本でも八百万の神という言葉がありますがこれもアニミズムなのです。世界の人々もまた同様に物質≒八百万には、生命≒神が宿ると考えていたのです。

そのキリスト的世界観で信じられていた事をことごとく論破したのがニュートンでした。

彼は実験と観察という手法、それから数学を用い数々の自然法則を発見し,ニュートン力学を打ち立て,そしてその法則の記述に必要な微分・積分学の基礎をもつくりあげたのです。

ニュートンが残した有名な言葉で「自然という書物は数学の言葉で書かれている」がありますね。そうなんです。これまで神だと信じられていた自然は数学という言語によって理解し予測し説明することが可能となったのです。

 

「我思う故に我あり」

で有名な哲学者デカルトという人物は心身二元論を提唱しました。この心身二元論とは簡単にいえば「肉体は身体の入れものに過ぎないよ」ということを言ってるわけです。

つまり精神(心)>物質(肉体)という意味ですが、「コレの何がスゴイの?意味あるの?」と思うかも知れませんね。実はこの見解は現在行われている医療活動の思想的基盤を提供するものと言えるのです。

我々が平気で今こうして身体を切ったり、治療したり、移植、再生、遺伝子治療できるようになったのも、実はデカルトさんのおかげです。なぜなら彼は物質(身体)と精神(心)と唱え、身体を単純に物質として割り切ろうとしたからです。

機械が壊れたら修理するように、体を機械と考え壊れたら修理すればいいという風になり医療も発展しました。こういった近代科学の世界観を「機械論」あるいは「機械論的唯物論」といいます。

この機械論は科学の世界だけで起こったのではありません。全ての学問に対して、人々の世界観に対して起こったパラダイムなのです。

自然も人も医療も政治も全ては機械のようなメカニズムで動くというメタファーで考えたのです。これが今日の近代科学の潮流なのです。実際に、心理学で認知科学というのがありますが、人間の精神を機械モデルとして考えて発展しています。

政治も性悪説に基づいて、ある一人の王が統治すると権力をもち悪さをする可能性がある。これを機械のように正しく運営するためにはどうすればいいかということで現代の三権分立の発想がでています。

 

機械も人間も変わりない

我々は自分に意思があって、自分が自分であると感じています。また、その心があるから他人に対しても同じ心があるのだろうと推測しています。しかし実際に、それを証明するすべはありません。

ちょっとうろ覚えなんですけど、チューリングテストというのがあって、

turingtest

チューリングが提案した方法は、2台のチャットシステムを用意し、1台は人間が回答し、もう1台は人工知能が回答する。複数の人間がチャットを介していくつかの質問を行い、どちらが人間でどちらが人工知能か識別できるかどうかで、人工知能と人脳の判別するということである。

このときに被験者(外の人間)は、どちらが機械でどちらが人間かを答えるのですが、もし機械と人間のどちらか当てられなければ機械も人間もさしたる違いはない。

つまり機械に心がないと誰が言えようか?ということを言いたいような思考実験だったような気がしましたが、それはつまるところ現代の科学が機械論的唯物論で支配されているからです。

この科学がもつ前提、機械論的唯物論によって、人の精神、神や霊魂の存在、真善美愛といった倫理観などは不可知論(物の本質とか実在の最後の根拠とかは認識できないとして、経験を超越する問題を扱わない立場)となり消え去りました。

なぜなら上記の内容は科学では解明しようにも解明できないからです。

 

現象を説明し,予測し,理解し,制御する

この言葉の奥深さを噛みしめると、私はこの事を非常に恐ろしくもあり、素晴らしいことにもなると考えています。

科学者は純粋に真理を追求したいと思っているでしょう。しかし、ある一人の暴君や、絶対たる権力者が科学をどう使うかの如何によって人類は再び運命を翻弄されるのだと感じています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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